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あべらじ!

大学生が運営するブログ。

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高校野球最強クラスの2番手ピッチャー5選【メガネッシュ,大田阿斗里,岩嵜翔,川村直矢,吉田凌】


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どうも、あべたんです。

ぼくはとてつもなく、高校野球が好きです。春が訪れ、センバツが非常に楽しみです。というわけで高校野球ネタでいきたいと思います。

今回はマニアックに【高校野球最強クラスの2番手投手】を5人ピックアップしたいと思います。圧倒的な力を持ちエースを支えた5人です。覚えている方もいると思いますが、振り返っていきましょう!

ダルビッシュを支えた東北高校の「メガネッシュ」真壁堅守

ダルビッシュフィーバーに沸いた2003、2004年の甲子園、東北高校にはもう1人、怪物ピッチャーがいました。真壁堅守、身に着けていたメガネから「メガネッシュ」といわれていました。


【甲子園】 東北高校 真壁

2年時である2003年の夏の甲子園では、怪我で調子の悪いダルビッシュに代わり好投を魅せます。その後のセンバツ、最後の選手権でも優勝こそなりませんでしたが、甲子園に現れ好投を魅せます。

背番号は18.サイドスローから繰り出される最速146キロのストレートは圧巻です。高校生の次元ではなかったです。

 転機が訪れたのは2003年の2年夏。若生監督からサイドスロー転向を言い渡された。
「忘れもしない、甲子園1か月前の7月1日です。自分としても一応本格派のプライドは持ってたので、本当に嫌でしたね。監督への恨みつらみを寮の二段ベッドに書き殴ったりして。まだ残ってると思いますよ。『俺の野球人生をめちゃくちゃにしやがって!』とか、ここでは言えないようなことも(笑い)」

ダルビッシュには勝てないということでのサイドスローだったのでしょう。

翌年のセンバツでも大車輪の働きで、東北高校は準々決勝まで駒を進める。相手は愛媛・済美だ。「これまでの人生のベストピッチだった」と振り返るその試合に先発。6―4とリードのまま9回裏二死一、二塁の場面を迎える。3番高橋を2球で追い込み、勝利まであと1ストライクで2球続いてのファウル、そして投じた158球目。左翼を守る親友の頭上を越え、打球はスタンドに飛び込んでいった。
「スタンドで跳ねるまでは映像が残ってるんですが、その後は何も覚えてない。無音のなか、有にただひと言『ごめんな』と声をかけられた」
「まさかの東北!」と実況が伝えるなか、真壁はマウンドに崩れ落ちた。

この瞬間懐かしいですね!小学生だったと思いますが、今でも覚えています。レフトを守るダルビッシュの頭上を打球が飛ぶんですよね。あだち充みたいな幕切れでした。


高校野球】済美高校サヨナラホームラン、対東北高校

そんな真壁さんですが、腰痛を抱えていたらしく、プロへは行かず大学・社会人と進み現在は選手は引退し、社会人のコーチとして活躍されているそうです。

 大学卒業後、入社したホンダで25歳のときに現役を引退。投手コーチ兼マネジャー4年目の昨年は、教え子から阿部寿樹(中日)、石橋良太(楽天)、仲尾次オスカル(広島)の3人がプロ入りを果たした。

自身が行けなかったプロ野球へ、3人の教え子を輩出。今後も「真壁チルドレン」が現れ、プロで躍動することに期待ですね!

引用はすべてhttp://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/490052/

帝京高校史上最高クラスの3本柱の一角であった大田阿斗里

 帝京高校に1年夏からベンチ入り、早くから注目されていたのは2015年に横浜DeNAベイスターズから戦力外通告を受けた大田阿斗里。

2年夏にはベスト8、その後のセンバツ1回戦では小城高校相手に20奪三振を達成し、チームをベスト4に導きます。


07/03/25 帝京・大田阿斗里 20奪三振

 しかし、二回戦の市川戦でバントを試みた際に親指を負傷。痛みからフォームが崩れ、夏の東東京大会でも何度もノックアウトされた。酷い時には1アウトも取れない事もあった。最後の夏の甲子園ではこの不調が響き、エースナンバー背番号1は同僚の垣ヶ原達也に奪われ、背番号10を付けての出場となった(チームは8強進出)。この甲子園では2/3イニングしか投げられなかった。
高校時代には、卒業後に直接NPB加盟の球団へ入ることを希望していた。しかし、3年生の夏に不調だったことから、「入団できなかった場合はアメリカへ行ってメジャーリーグを目指すかもしれない」という意向を周囲に漏らしていた。実際には、2007年の高校生ドラフト会議で横浜ベイスターズから3巡目指名を受けたことから、契約金5000万円・年俸500万円(金額は推定)という条件で入団。入団後には、名前の「阿斗里」を登録名に用いることを発表した。

最速150キロのストレートを誇るも、最後の夏の甲子園でエースを務めたのは垣ケ原さんでしたね。その後は青山学院大学、日立製作所に進んでいます。

また、このときは1個下に元中日ドラゴンズの高島祥平を擁していたんですよね。高島も最速150キロ以上を誇るんですよね。

このときの提供の3本柱がすごかったですね。背番号2桁の2人がプロ野球選手となるんですから。千葉県民としては帝京の層の厚さが羨ましい限りです...。 

Wエースは両方ともプロへ。市立船橋背番号1の2番手、岩嵜翔

 2007年の夏の甲子園千葉県予選、決勝で木更津総合を9-1で破ったのが市立船橋高校でした。

そのときの背番号1は現在ソフトバンクホークスの岩嵜翔です。しかし、実質のエースは山崎正貴(元オリックスバッファローズ)でした。山崎は最速147キロを誇っており2年時からエースを務めていました。打っても4番打者、まさにチームの中心でした。

 岩崎は市立船橋高の出身。'07年高校生ドラフト1位でプロ入りしたが、「外れ1位」。同年、夏の甲子園にも出場しているが、高校の同級生に山崎正貴(オリックス)がいたため、エース扱いされていない。
 「山崎は4番も任されていました。岩崎は高校時代、山崎の投球に圧倒され、サイドスローに転向した時期もありました。150キロをマークしたと騒がれましたが、実質的なエースは4番兼任の山崎でした」(スポーツライター・飯山満氏)

しかし。千葉県予選準々決勝の鎌ヶ谷高校戦で7回参考記録ながらノーヒットノーランを達成、夏の甲子園の1回戦では最速150キロを計測しプロのスカウトのちゅもくを集めていきました。

その結果が外れながらもドラフト1位指名に繋がっていったんだと思います。岩嵜の投球は生で見ていましたが、高校生レベルから逸脱するレベルでしたね。

ソフトバンクの先発投手陣の層は熱いですが、何とかそこに食い込んで活躍してくれればと思います。またQVCマリンで雄姿が見られれば嬉しい限りです。

現在は歯科医? 唐川の陰に隠れた怪物、成田高校の川村直矢

上の山崎・岩嵜コンビが甲子園を決めた2007年の千葉県は好投手が多かったです。その一人が佐藤由規・中田翔とともに「BIG3」といわれた成田高校の唐川侑己。現在は千葉ロッテマリーンズにいます。

唐川の裏で成田高校にはもう1人、怪物がいました。その名も川村直矢さん。センターを守っており、1番バッターでした。応援歌はルパン3世だったのを覚えています。

高校通算30本に近いホームランを放つ裏で、2番手投手としても140キロを超えるストレートを投げていました。

シートノックでセンターからバックホームで投げるレーザービームは鮮烈でしたね。そしてマウンドに上がった時の速球。野球センスの塊のようなプレイヤーでした。

プロ注目でしたが本人が目指したのは歯科医とのことで鶴見大学に進学。最速147キロを誇りノーヒットノーランも達成しております。


川村直矢(鶴見大学)投球と守備 2010年10月9日

  鶴見大の川村直矢投手(3年)が、神奈川工大戦でノーヒットノーランを達成した。ロッテ唐川と成田高のチームメートだった川村は、同大野球部の中で唯一の歯学部生。授業の都合で全体練習にあまり参加できない中、合間を縫って自主練習に励み、文武両道を貫いている。竹内康治監督(45)は「尻上がりに良くなって、外角低めの真っすぐが決まりだした。直球は140キロ中盤は出てたと思う」と話した。

 現在は大学を卒業し、歯科医になっているのでしょうか? 川村さんがやってる歯科医院も気になりますね。今後のご活躍を祈っています。

小笠原とともに歩んだ全国制覇、東海大相模の吉田凌

最後はフレッシュなこの方、東海大相模高校からオリックスバッファローズに進んだ吉田凌です。2年時神奈川県大会の決勝では向上高校を相手に度肝を抜く20脱三振。その時ぼくはハマスタで笑うしかなかったです。やばかった。

最速150キロのストレートに松井裕樹を彷彿とさせるスライダーを放り込んでいました。中学時から有名で100校以上の高校にスカウトをもらったそうです。その中でも東海大相模を選び、全国制覇。すごい。

その後は調子があまり優れなかったようで、エースを小笠原慎之介に譲ってしまいます。小笠原も左腕で150キロを超える怪物なのですがね。相模、どんだけすごいのやら。


東海大相模 / 吉田 凌

それでも甲子園で登板し、活躍しています。ストレートは140キロ前半にとどまりますが、コントロールが良くなっていますね。

プロ入り後はストレートの球速も戻して、あの奪三振ショーをもう一度観たいところですね。

おまけ:あだち充の「H2」の木根

最後に、みんな大好きH2の木根を貼っておきます。

H2面白いよ!

以上です。ではでは!